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2020-12-22

★「パンくずよりも小さな事をカタルヒト」を始めます !★「そろそろ自分の混沌とした部分も吐き出してみることにする」

 2020年12月22日。ブログ的でコラム的なものを書いてみようかと思った。タイトルは「パンくずよりも小さな事をカタルヒト」。どこまで続くのかはわからないけどとりあえず初めてみた。もしかして心の闇の部分を吐露してしまうのではというのではという恐怖心と部屋中を包む寒さは先日購入したばかりのヒートテックで、寒さを緩和しながら書くことにする。そろそろ自分自身の混沌としたものを表面化させてみようかと思いだした。「自分はこうあるべきである」という凝り固まった考え方を取り払うことで、もっと自分らしくなれそうな気がしている。

 最近、ホームページのプロフィールを更新した。バンド時代の顔もさらけ出し、それを見た方々から「本人ですか」、「最終兵器を出しましたね」という言葉を頂戴した。確かに今まで、メディア出演時には「白いシャツ」を着込み、いかついメイクなんぞすることもなかった。それがバンド時代はメイクをして、マニキュアを塗り、マイクを持つ手は小指を立てていたのである。現在とのギャップは計り知れない。この時代を振り返ると、演奏中は客席に鋭い目線を送り、歌い上げていた。しかし、演奏が終わり、MCの時間になるとテ急激にテンションが下がり、人見知りの性格の自分が登場する。二重人格か?誰やお前は?はよ歌いたい!はよ次の曲にいかなあかん!とひたすら思っていたのを覚えている。友人のバンドのボーカルたちの「お前ら!行くぞ!」という、自分とは全く異なる客席に浴びせる超ロックな魂の叫びには惚れ惚れしていたのを思い出す。

 もっと幼い頃まで遡ると保育園、小学校低学年の頃の記憶がほとんどないことに自分でも驚く。友人たちの輪の中で、中心人物になることなどなかったから、自分の存在を記憶の片隅に刻むことなんぞなかったのだと思う。

 保育園の頃の思い出といえば、母親の帰りを待つ間に配られる、某大手パンメーカーの「サンドロール」である。同じようにお迎えを待つ、園児とはんぶんこしたことまでは記憶にあるのだが、誰とはんぶんこしたまでの記憶がない。

「パンに関する思い出は」と聞かれると「お迎え待ちのサンドロールです」と答えてしまう。

 そもそも元来、幼い頃から「超」がつくほどの人見知りなわけで、今になって人前で話す機会があるなんてことが恐ろしい。人前で歌っていた時代も自分自身が一番不思議に感じていたくらいである。今でも人前で話している自分を頭の上から俯瞰してるような感じである。

 パンヲカタルという名の下、「語る機会」を多くいただいている。そもそも生きることも不器用で下手くそなのだから、人前でうまく喋ろうなんて思うことがおこがましい。たまに癒しを求めて我が家の猫たちに語りかけている時に目をそらされたり、あくびをされると不安に駆られ「なぁ、おもんないんか?」と聞いてしまうことがある。来年早々、人前で話す機会やメディア出演予定があるので猫たちに相談する。

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